PROLOGUE · INTO OUR OWN AGE
ここまで、ずいぶん遠くまで来ました。
15世紀、タロットはイタリアで遊ばれるカードゲームでした。18世紀には占いの意味が重ねられ、19世紀にはカバラ、占星術、魔術など、さまざまな神秘思想と結びつきました。
そして20世紀。ウェイトとスミスは、人間の物語が描かれたRWSを作りました。クロウリーとハリスは、色と形と神秘思想を凝縮したトート・タロットを作りました。
では、ここから先。どうしてタロットは、昔の神秘思想家たちが使った歴史上の不思議なカードにならなかったのでしょう。
なぜ600年後の現在も、新しいデッキが作られ、新しい人がカードを手に取り、占ったり、考えたり、絵を楽しんだりしているのでしょう。
今回は、タロットが
私たちの時代まで生き延びてきた理由を追ってみます。
01 · PUBLISHING AND DISTRIBUTION
まず、カードが
手に入るようになった
どんな文化でも、使う人がいなければ、やがて消えていきます。その意味で、とても大切だったのが、出版と流通でした。
RWSが最初に出版されたのは1909年。でも、その瞬間から世界中の人が使うようになったわけではありません。現在のような広がりが大きく進むのは、さらに何十年も後です。
1960年代から70年代、欧米では東洋思想、瞑想、占星術、神秘思想、自己探求への関心が高まりました。いわゆるニューエイジ文化につながっていく時代です。そこへタロットも入っていきました。
そして1970年前後、RWSの再版と普及に大きな役割を果たしたのが、スチュアート・R・カプランです。彼が設立したU.S. Games Systemsは、手頃なタロットを一般の書店へ届け、のちにRWSの広い流通も担いました。[1]
タロット史の資料でも、20世紀後半に人気が再び大きく広がり、RWSの図像が現在も新しいデッキへ受け継がれていることが確認できます。[2]
どれだけ魅力的な思想があっても、カードそのものが手に入らなければ使うことはできません。タロットが生き残った理由の一つは、とても現実的です。
それは、思っている以上に大きな変化でした。

手に取れるタロットへ
現代の3枚引きかつて一部の組織や限られた人々が学んでいたタロットは、20世紀後半以降、誰もがカードを手にして試せるものへと広がっていきました。
Photo: Nosferattus / Wikimedia Commons / CC0 1.0画像と権利表示を見る02 · OPEN KNOWLEDGE
秘密の知識ではなくなる
黄金の夜明け団の時代、タロットとカバラや占星術の対応関係は、秘密結社の中で段階を踏んで学ぶようなものでした。でも20世紀後半になると、状況が変わります。
かつてなら一部の組織や師弟関係の中で伝えられていた知識が、出版物を通して、多くの人へ開かれていったのです。
もちろん、それによって内容が簡略化されたり、歴史的に怪しい説まで一緒に広がったりもしました。でも、タロットを始めるために秘密結社へ入る必要はなくなりました。
カードを一組買う。本を一冊読む。そして、自分で一枚引いてみる。タロットは少しずつ、「誰かに教えてもらわなければ触れられないもの」ではなくなっていきます。
03 · MORE THAN PREDICTION
「未来を当てる」だけではない
タロット
そして20世紀後半、もう一つ大きな変化が起こります。タロットを単純に、未来を予言する道具としてだけ見ない人たちが増えていきます。
カードを見ながら自分の気持ちを考える。問題を別の方向から見てみる。言葉になっていなかったことを、カードをきっかけに話してみる。
そうした、自己理解や内省のためのタロットです。ここでよく登場する名前が、心理学者のカール・グスタフ・ユングです。
04 · JUNG AND LATER TAROT
ユングは
タロット研究者だったの?
この話は、少し慎重にした方がよさそうです。現代のタロット本では、「ユング心理学とタロット」という組み合わせをよく見かけます。

象徴を考えるための新しい視点
カール・グスタフ・ユングユング自身が現在の「心理タロット」を体系化したわけではありませんが、元型や象徴をめぐる彼の心理学は、後のタロット読者に新しい見方を与えました。
Kairos Film Foundation photo / Wikimedia Commons / CC BY 4.0画像とライセンスを見るユングが研究した元型(アーキタイプ)や、人間の心に現れる象徴。そうした考え方と、皇帝、母性的な人物、隠者、死、太陽、愚者といったタロットの象徴は、非常に相性よく見えます。
そのため後の著者たちは、タロットを人間に共通する心の象徴として読む考え方を発展させていきました。心理学理論を軸にタロット研究を整理した2023年のレビューでも、ユングの分析心理学は主要な枠組みの一つとして扱われています。[3]
ただし、ユング自身が現在の「心理タロット」を体系化したわけではありません。「ユングがタロットの心理的効果を証明した」と書いてしまうと、話が飛びすぎます。
05 · IMAGE AND PROJECTION
カードを見ているのに、
自分のことを話している
では、心理的にタロットを見るとは、どういうことでしょう。たとえば、一枚のカードを見ます。そこには、崖の近くを歩く愚者がいる。
カードは同じです。でも、そこから何を見るかは人によって違います。その違いの中に、その人自身の経験や感情が入り込むことがあります。

同じ絵、違う受け取り方
RWSの「愚者」同じ一枚を見ても、「危なっかしい」「自由そう」「新しい一歩を踏み出している」など、受け取り方は人によって変わります。
Pamela Colman Smith, The Fool, RWS Tarot (1910) / Public domain / Wikimedia Commons画像と権利表示を見る心理学では、曖昧な刺激へ自分の内面を重ねることを、「投影」という考え方で説明することがあります。タロットをこうした投影的な道具として捉え、カウンセリングや自己表現に応用できないかという研究も行われています。
2006年には、タロットを投影的技法として検討する論文が発表されました。[4] 2024年のカウンセリング研究でも、診断道具ではなく、表現や対話を促す補助的な道具としての可能性が論じられています。[5]
ただし、ここでも慎重さは必要です。
06 · WHAT RESEARCH CAN SAY
心理学が「タロットは効く」と
証明したわけではない
タロットを使った心理学的研究は、まだ多くありません。2023年に公表された研究レビューでも、タロットと心理学を扱った研究そのものが少ないことが指摘されています。[3]
ですから、「タロットには心理療法として科学的に確立された効果があります」とは言えません。まして、「カードが無意識を正確に診断できる」という話でもありません。
でも、カードを見たことで考え始める。話し始める。自分の経験と結びつける。未来について今までと違う角度から想像する。そうした現象そのものは、研究の対象になっています。
2025年に発表された高校生6人への小規模な質的研究では、進路相談でタロットを利用した参加者が、カードへ現在や未来の自分を重ねることで、進路についてより深く考えたと報告されています。もちろん非常に小さな研究なので、そのまま一般化はできません。[6]
現在のところは、「タロットの心理的効果が証明された」ではなく、「なぜタロットが自己対話のきっかけになるのかを、心理学的に考えることができるようになってきた」くらいが、ちょうどよい表現でしょう。
07 · CHANCE AND THOUGHT
不思議な力がなくても、
カードは働く?
ここは、このシリーズで何度も出てきた問いとつながっています。カードを引いたとき、なぜ、こんなに今の自分に合うカードが出たんだろう。本当に何かが選んだのだろうか。ただの偶然なのだろうか。
その答えを、ここで決める必要はありません。でも、仮に偶然だったとしても、その一枚を見て、人間の心の中ではいろいろなことが起こります。
「こういう見方もできるかな」と考える。つまり、カードが未来を知っているかどうかとは別に、カードを見た人が考え始めることはできる。これは、かなり重要なところです。
08 · THE FEELING OF ACCURACY
「当たった」と感じる心にも、
心理学がある
反対方向から見ることもできます。占いで「ものすごく当たっている」と感じることがあります。その一部には、心理学で知られているバーナム効果や確証バイアスなどが関係する場合があります。
バーナム効果とは、多くの人に当てはまりそうな内容を、「自分だけに当てはまる特別な説明だ」と感じやすい傾向です。確証バイアスとは、自分の考えに合う情報を強く覚え、合わない情報を見落としやすい傾向です。[7][8]
占いや超常的な体験についても、こうした心理作用は研究されてきました。だから、「当たったと感じた」ことと、「未来を超自然的に予知した」ことは同じではありません。
でも、これもまた、タロットの価値を全部否定する話ではありません。
「当たるか」から、「何を考えたか」へ
たとえば、カードから「今は休む時期かもしれない」という読みをしたとします。それが宇宙から届けられた正解なのかどうかは分かりません。
でも、それを読んだ瞬間、「そういえば最近、無理していたかもしれない」と思ったなら、そこにはもう一つの問いが生まれています。
「本当に自分は、少し休んだ方がいいのだろうか?」
カードが答えを決めたのではない。でも、カードが問いを生んだ。これは未来予知とは別の、タロットの使い方です。
09 · MORE IMAGES, MORE WORLDS
だから、絵の種類が
増えていった
タロットを「自分と対話するもの」として使う人が増えていくと、一つの変化が起こります。自分に合う絵が欲しくなる。
RWSが好きな人もいる。マルセイユが好きな人もいる。トートが好きな人もいる。でも、もっと自然の絵がいい。現代的な人物がいい。動物や抽象画がいい。自分の文化に近いもの、自分と同じような人がカードの中にいてほしい。
そうした需要と芸術家たちの創造が重なって、20世紀後半からタロットの種類は急激に増えていきます。現代のデッキは、テーマや文化的背景、人物表現など非常に多様になっていますが、その多くは依然としてRWSの構造や場面を土台にしています。[2]
同じカードを、自分たちの世界へ描き直す
たとえばRWSの「愚者」。若い人物、崖、犬、荷物、太陽。その構図を使いながら、主人公を変える。時代や文化を変える。動物にする。宇宙へ行かせる。猫にする。
それでも、カードの持つ「未知へ踏み出す」という雰囲気は残せます。
タロットは、一度完成した絵を永遠に守らなければならない文化ではありませんでした。むしろ600年間、ずっと描き替えられてきました。
変わり続けてきたからこそ、現代にも変われた。今ある無数のタロットも、歴史の延長線上にあります。
10 · TAROT ONLINE
インターネットで、
さらに広がる
そして21世紀。タロットを取り巻く環境は、また大きく変わります。
個人の芸術家が、大きな出版社を通さなくても、自分でタロットを作り、世界へ届けられるようになりました。近年のタロット史でも、独立出版やクラウドファンディングが、新しいデッキを生み出す力になったことが紹介されています。[9]
そして、カードを読む方法も本だけではなくなりました。動画で学ぶ。SNSで一枚引きを見る。オンラインでカードを引く。スマートフォンのアプリで占う。そして、AIと一緒にカードについて話す。
15世紀の人が見たら、「何だこれは」となるでしょう。でも78枚という骨格を見ると、そこにはまだ、600年前から続いているものがあります。
11 · A TOOL FOR QUESTIONS
未来を決める道具から、
問いを作る道具へ
もちろん現在でも、タロットで未来を占う人はたくさんいます。恋愛、仕事、お金、人間関係。「これからどうなる?」という問いは今も変わりません。それを否定する必要もありません。
第4回で見たように、未来を知りたいという願いそのものが、タロットをここまで運んできた力の一つだからです。
ただ現在は、もう一つの使い方もはっきり見えるようになってきました。答えをもらうためではなく、考えるために引く。
カードが答えそのものになるのではなく、問いを深くするための一枚になる。600年かけて、タロットはそんな使われ方もできる道具になりました。
12 · ROOM FOR MYSTERY
それでも、少し不思議なままでいい
ここまで、心理学の話もしました。投影、連想、バーナム効果、確証バイアス。そうした考え方を知ると、「では、タロットの不思議は全部説明されたの?」と思うかもしれません。
そんなこともありません。心理学は、人がどう感じたり、どう意味を作ったりするかを考えることはできます。
でも、ある日、ある問いを持って一枚のカードを引き、「今の自分には、このカードだった」と感じる体験そのものを、全部味気なくしてしまう必要はありません。
なぜ今日この一枚だったのか。意味があるのか。偶然なのか。分からない。
でも、
分からないまま考えることはできます。
タロットは、もしかすると、そのためにちょうどいい道具なのかもしれません。
EPILOGUE · TOWARD THE FINAL PART
600年の旅の終わりへ
第1回、私たちはこんなところから始めました。タロットは、占いとして生まれたのではなかった。
15世紀、人々はカードで遊んでいました。そこから600年。
未来を見ようとした人がいた。古代の秘密を見つけようとした人がいた。世界の見えない秩序を探した人がいた。カードに象徴を込めた人がいた。その象徴を絵の物語にした人がいた。まったく違う思想を、別のタロットへ描いた人もいました。
そして今、私たちはスマートフォンの画面で、そのカードを引くことさえできます。ずいぶん変わりました。でも、もしかすると、一番大事なところは、それほど変わっていないのかもしれません。
その願いを、何百年ものあいだ、人々はタロットへ重ねてきました。
では、600年の歴史を歩いた最後に、もう一度、最初からあった問いへ戻りましょう。
タロットとは、結局何なのでしょう。
未来を占う道具? 神秘思想の象徴? 芸術? 心理的な鏡? ゲーム? それとも、その全部なのでしょうか。
SOURCES & IMAGE RIGHTS
参考資料・画像の権利
20世紀以降の普及史は出版社と博物館の公開資料、心理学との関係は研究論文・大学リポジトリで確認しました。研究はまだ限られているため、治療効果や診断能力が確立しているとは記述していません。掲載画像はCC0、CC BY 4.0、またはパブリックドメインです。
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U.S. Games Systems
スチュアート・R・カプランによる手頃なタロットの流通と、RWSの正規再版・世界流通インタビューを読む - 2
Victoria and Albert Museum
タロットの通史、RWSの出版と後代のデッキへ続く視覚言語、現代のオンライン共同体と再解釈解説を読む - 3
Korea Citation Index
チェ・ギョンヒ「タロットカードの心理学的適用に関する提言的考察」(2023)――心理学理論を用いた28研究のレビューと研究蓄積の少なさ抄録を見る - 4
Wiley
Inna Semetsky, “Tarot as a projective technique” (2006)論文情報を見る - 5
James Madison University
Eileen Clinton, “Divining the self: Applying tarot as a projective technique in counseling” (2024)――診断ではなく表現的・補助的に用いる提案研究記録を見る - 6
RISS / Journal of Education & Culture
ペク・ヘギョン、チョン・ギソプ「高校生のタロットカード活用進路相談参加経験」(2025)――6人への質的研究研究記録を見る - 7
Encyclopaedia Britannica
バーナム効果――広く当てはまる記述を自分に固有のものと受け取りやすい傾向用語解説を見る - 8
APA Dictionary of Psychology
確証バイアス――既存の期待を支持する情報を重視し、反証する情報を退けやすい傾向用語解説を見る - 9
Kickstarter Magazine
2010年代のクラウドファンディングによる独立系タロット制作と、多様なテーマのデッキ事例を読む - 10
Wikimedia Commons
Nosferattus「Tarot cards - 3 card spread」、2021年――CC0 1.0画像と権利表示を見る - 11
Wikimedia Commons
キュスナハトの自宅書斎にいるカール・グスタフ・ユング、Kairos Film Foundation photo――CC BY 4.0、トリミングなし画像とライセンスを見る - 12
Wikimedia Commons
パメラ・コールマン・スミス「愚者」、RWSタロット(1910)――パブリックドメイン画像と権利表示を見る


