1898 — 1944 · LONDON

同じ根から生まれた
二つのタロットRWSとトート

物語のカードと、象徴を凝縮したカード。

同じ根から、物語と象徴という二本の枝が伸びた。

09 11
ONE ROOT · TWO BRANCHES同じ黄金の夜明け団から、別々の答えへ。

PROLOGUE · ONE ROOT, TWO BRANCHES

ここ数回、私たちはアーサー・ウェイトとパメラ・コールマン・スミスを見てきました。ウェイトが考えた象徴。スミスが描いた物語。そして1909年、ライダー=ウェイト=スミス・タロット――RWSが誕生します。

小アルカナにまで人間の姿と出来事が描かれ、カードを見ただけでも「この人は何を感じているんだろう」「ここから何が起きるんだろう」と考えられるタロットになりました。現在へ続く大きな道の一本です。

でも、黄金の夜明け団から伸びた道は、それだけではありません。同じ組織で学びながら、ウェイトとはまったく違う方向へ進んだ人物がいます。

思想と体系アレイスター・クロウリー絵と実現フリーダ・ハリス

二人が作ったのが、トート・タロットです。RWSとトート。見た目は驚くほど違います。でも根をたどると、どちらも同じ黄金の夜明け団へ戻っていきます。

同じ土から、なぜこれほど違う
二つのタロットが育ったのでしょう。

01 · ALEISTER CROWLEY

アレイスター・クロウリーって、
何者?

魔術師。詩人。登山家。神秘思想家。挑発的な言動でも知られ、20世紀のオカルティズム史では、良くも悪くも非常に目立つ人物です。

1875年にイギリスで生まれ、1898年、20代前半で黄金の夜明け団へ入りました。第6回で見た、ウェイトも所属していた組織です。若き日のクロウリーも、カバラ、占星術、タロット、儀式魔術、さまざまな象徴の対応関係を学びました。[1]

ALEISTER CROWLEY · 1899古代エジプトの神オシリスを思わせる装束をまとい、正面を向いて立つ若きアレイスター・クロウリー

黄金の夜明け団へ入ったころ

アレイスター・クロウリー1875–1947

1899年に撮影されたとされる、オシリスに扮した姿。黄金の夜明け団へ入った翌年にあたります。

撮影者不詳 / Wikimedia Commons — パブリックドメイン画像と権利表示を見る

ただし、その後に進んだ方向はウェイトとかなり違いました。

02 · DIFFERENT AIMS

ウェイトとクロウリーは、
同じものを求めてはいなかった

かなり単純化して言うなら、ウェイトは、神秘的な象徴を通して、より高い精神的・宗教的なものへ近づこうとした人でした。魔術的な技法そのものには、距離を取るところもありました。

一方クロウリーは、魔術を実際に学び、実践し、自分自身の思想体系として作り直していく方向へ進みます。黄金の夜明け団が分裂したあとも、独自の魔術思想を発展させました。

ウェイト象徴を通して
精神的なものへ
クロウリー魔術を実践し
独自の体系へ

その中心となったのが、セレマと呼ばれる思想です。クロウリーの有名な言葉「汝の意志することを為せ」は、「好き勝手にやればいい」というだけの意味ではありません。彼の思想では、自分にとって本当に根本的な意志とは何なのかという問いにつながっています。[2]

ここを詳しく始めると、タロットから遠くまで旅をしてしまいます。今は、クロウリーは黄金の夜明け団の体系を受け継ぎながら、自分自身の神秘思想を作っていった、というところまでにしておきましょう。

03 · CROWLEY AND HARRIS

そして、フリーダ・ハリスと
タロットを作ろうとする

時代は進んで1930年代の終わり。RWSが世に出てから、およそ30年が経っています。クロウリーは、自分の魔術思想を反映したタロットを作ろうとします。

そこで出会ったのが、フリーダ・ハリスでした。二人の共同作業によって、1937年ごろから1943年にかけて、後にトート・タロットとなる絵が制作されます。現在、その原画はロンドンのウォーバーグ研究所に所蔵されています。2025年のタロット史展では、主要展示の一つとして紹介されました。[3]

ハリスも、「絵を描いただけの人」ではない

トート・タロットを「クロウリーのタロットをハリスが描いた」だけで終わらせると、実際の共同制作の姿をかなり小さくしてしまいます。

近年の研究では、ハリスは指示された絵を描くだけではなく、作品の制作、発展、展示、宣伝、資金や人脈を含めた実現そのものに深く関わった共同制作者として見直されています。2024年にオックスフォード大学出版局から刊行された研究書も、二人の仕事を「パートナーシップ」として扱っています。[4]

ウォーバーグ研究所のヨーク・コレクションには、ハリスの書簡、制作ノート、展覧会資料、出版計画に関わる資料まで残っています。[5]

ウェイトにスミスがいたように、クロウリーにはハリスがいた。でも、どちらも、思想家が命令し、画家がその通り描いただけではなかったのです。

04 · TWO VISUAL LANGUAGES

RWSとは、
まるで違う

トート・タロットには、人物、幾何学模様、強烈な色彩、星、円、線、翼、蛇、植物など、さまざまな象徴が一枚の中へ複雑に重ねられています。

RWSここで、
何かが起きている
人物 · 場所 · 時間 · 物語
トートこの絵が、
力や構造を表している
色 · 形 · 星 · 元素 · 対応関係

どちらも、黄金の夜明け団から続くカバラや占星術の対応関係を背景にしています。でも、表現方法がまるで違うのです。

05 · THE MINOR ARCANA

小アルカナを見ると、
違いがよく分かる

RWSでは、カップの5なら悲しむ人物、剣の7なら剣を抱えて立ち去る人物、ペンタクルの10なら家族や建物。カードの意味が、人間の出来事として描かれます。

RWS · FIVE OF CUPS · 1909倒れた三つのカップを前に黒い衣の人物がうなだれるRWSのカップの5

人物の物語から入る

RWS「カップの5」パメラ・コールマン・スミス、1909年

悲しむ人、倒れたカップ、残されたカップ、遠くの橋。意味が一場面として見えます。

1909年「ローズ&リリーズ」版 / Wikimedia Commons — パブリックドメイン画像と権利表示を見る

ところがトートでは、小アルカナの数札に、そうした物語の場面は基本的にありません。カップ、剣、ワンド、ディスクが、色や形、配置、占星術的な象徴と組み合わされ、抽象的な構図として描かれます。

剣の3悲しみ剣の6科学カップの7放蕩

数札には、このようにそれぞれの性質を示す名前も付けられています。トートはRWSより後のデッキなのに、小アルカナを「人物の物語」にする方向には進まず、むしろ象徴を凝縮した図像として作られました。

同じ「読む」でも、入口が違う

RWSなら、「この人物はなぜ悲しんでいるんだろう」と場面から入れます。トートなら、色、形、カード名、元素、惑星、星座、数字。その組み合わせからカードへ入っていけます。

もちろん、実際の読み方は人それぞれです。RWSでも神秘思想を深く読めますし、トートでも絵を見た印象から読めます。ただカードの設計を見ると、二つのデッキが違う入口を用意していることが分かります。

RWS人間の姿からトート象徴の関係から

06 · REWRITING THE DECK

カードの名前まで
変えてしまった

クロウリーとハリスは、昔からのタロットをそのまま描き直したわけでもありません。大アルカナの名前にも、大胆な変更があります。

力欲望・情熱 正義調整 節制技・芸術 審判永劫・アイオン 世界宇宙

単なる言い換えではありません。クロウリー自身の思想に合わせて、そのカードが何を表すのかを組み替えているのです。

小アルカナでも、RWSの「ペンタクル」はトートではディスク。コートカードも、キング・クイーン・ナイト・ペイジではなく、ナイト・クイーン・プリンス・プリンセスという構成です。同じ78枚という骨格を持ちながら、中身はかなり作り直されています。

07 · THE BOOK OF THOTH

「トート」という名前は、
あのトート?

シリーズをずっと読んできた人なら、「トート」という名前に聞き覚えがあるかもしれません。第4回です。

18世紀、タロットを古代エジプトと結びつけた人々は、タロットを「トートの書」と呼びました。トートは、知恵や文字に関わる古代エジプトの神です。

THOTH · 664–525 BCE月を表すウジャトの眼を抱えるヒヒの姿の古代エジプト神トート像

知恵・文字・月の神

ヒヒの姿のトート神古代エジプト末期王朝時代

手にするウジャトの眼は月を象徴します。タロットそのものの起源を示す資料ではなく、「トート」という名の由来を伝える作品です。

ウォルターズ美術館 / Wikimedia Commons — 作品はPD、写真はCC BY-SA 3.0画像とライセンスを見る

そしておよそ160年後、クロウリーは自分のタロットについての本を『トートの書』と名付けました。1944年に出版されたこの本は、ハリスの絵とクロウリーのタロット体系を解説するものです。研究では、1937年の二人の協議から1944年の出版までが、一つの共同制作の過程として扱われています。[6]

もちろん、第4回で見たとおり、タロットが本当に古代エジプトのトート神から伝わった証拠はありません。それでも、18世紀に作られた「トートの書」という物語は、20世紀のタロットの名前にまで生き残りました。

08 · A DECK AFTER ITS MAKERS

何年もかけて作ったのに、
二人とも完成したカードを見られなかった

RWSでは、スミスが1909年に78枚を描き、同じ年にカードとして世に出ました。ところが、トートはそうではありません。

ハリスの原画は1930年代末から1940年代前半にかけて制作され、作品展も開かれました。クロウリーの『トートの書』も1944年に出版されます。でも、78枚のデッキそのものが一般に流通するのは、ずっと後です。

1937–43原画の制作1944『トートの書』1947クロウリー没1962ハリス没その後デッキが広く流通

ウォーバーグ研究所には、当時カードを出版しようとして実現しなかった計画の校正刷りまで残っています。何年もかけて作った作品が、その後世界中で使われる姿を、二人は知りませんでした。

パメラ・コールマン・スミスとはまた違う形ですが、ここにも、作者の生涯と作品の後世の運命との不思議なずれがあります。

09 · TWO COLLABORATIONS

同じ黄金の夜明け団から、
別々の答えを出した

ウェイトもクロウリーも、黄金の夜明け団で、カバラ、占星術、タロット、象徴の対応関係を学びました。そこまでは同じです。

ウェイトは象徴の中に精神的・神秘的な意味を見ようとし、スミスとともに、人間の物語として感じられるタロットを作りました。

クロウリーは黄金の夜明け団の体系を、自分自身のセレマ思想まで含めて作り直し、ハリスとともに、色・形・占星術・カバラ・魔術思想を凝縮したタロットを作りました。

1888黄金の夜明け団
ウェイト × スミスRWS人物と物語
クロウリー × ハリストート色と形と象徴

同じ学校で学んだ二人が、卒業後にまったく違う作品を作ったようなものです。どちらが「本当のタロット」なのか、という話ではありません。むしろ、タロットという道具が、それだけ違う思想を受け止められるものだったのかもしれません。

そして、二人の画家

ウェイトだけでは、RWSはあの姿になりませんでした。クロウリーだけでも、トートはあの姿になりませんでした。

ウェイトには、パメラ・コールマン・スミス。クロウリーには、フリーダ・ハリス。思想を持った人と、それを目に見える世界へ変える芸術家。二組とも、その出会いによって一人では作れないものを作っています。

ハリスを単なる「指示を実行する画家」ではなく共同制作者として見直す研究が進んでいるのも、そのためです。人物を消して「ウェイト版」「クロウリー版」だけで覚えてしまうと、タロットの半分を見失ってしまうのかもしれません。

10 · TWO LIVING BRANCHES

RWSとトートは、
ライバルなの?

二つとも、現在まで使われ続けている大きなデッキです。だから、「どっちが優れている?」と思う人もいるかもしれません。

でも、RWSとトートは勝ち負けを競って生まれた二つのタロットではありません。同じ19世紀末の神秘思想を受け継いだ人たちが、それぞれ「タロットとは何なのか」に別の答えを出したものです。

人間の姿や物語からカードと話したい。そんな入口もある。色や象徴、世界のさまざまな対応関係からカードを考えたい。そんな入口もある。タロットは、一つの答えに収まりませんでした。

そしてRWSは、「共通言語」になっていく

RWSの物語的な絵は、後の無数のタロットへ受け継がれます。登場人物や世界観を変えても、構図や意味の見せ方を受け継げるからです。

猫、妖精、現代都市。さまざまなデッキを見ても、その奥にRWSの姿を見つけることがあります。RWSは、現代タロットにおける一つの共通言語のような存在になっていきました。

でも、それが唯一の言語になったわけではありません。マルセイユ型も残っています。トートもあります。それぞれが、現在まで別の道を歩き続けています。

600年前、ただゲームをするために生まれたカード。それが、人間の物語を映すものにもなり、宇宙の象徴を描こうとするものにもなりました。

タロットは一つの形に閉じ込められず、時代ごとに新しい人が、自分なりの答えを重ねてきたものだということが、この二つのデッキを並べるとよく分かります。

NEXT · PART 10

次回――

「タロットは、どうして
現代まで生き残ったの?」
20世紀のタロットは、神秘思想家たちの世界から、もっと多くの人の手へ。自己理解、心理、芸術、文化へ。600年の旅はいよいよ私たちの時代へ近づきます。

SOURCES & IMAGE RIGHTS

参考資料・画像の権利

クロウリーとハリスの共同制作は、オックスフォード大学出版局の研究書とウォーバーグ研究所の公開資料で確認しました。トート原画は権利保護中のため転載していません。本文掲載画像は、パブリックドメインまたは再利用条件が明示されたものだけを使用しています。

  1. 1

    Oxford Academic

    クロウリーが1898年11月18日に黄金の夜明け団へ参入したことと、その後の魔術思想への影響研究概要を見る
  2. 2

    Oxford University Press Blog

    クロウリー、黄金の夜明け団、セレマと「意志」の思想解説を見る
  3. 3

    The Warburg Institute

    「Tarot: Origins & Afterlives」展――1937〜43年に制作されたフリーダ・ハリスのトート原画展覧会資料を見る
  4. 4

    Oxford Academic

    デジャ・ホワイトハウス『The Lady and the Beast』――ハリスとクロウリーの共同制作を、絵・宣伝・展示・人脈まで含むパートナーシップとして再検討書籍情報を見る
  5. 5

    The Warburg Institute

    ヨーク・コレクション――クロウリーの文書、ハリスの書簡、ノート、展覧会・出版関係資料コレクション案内を見る
  6. 6

    Oxford Academic

    『トートの書』の章――1937年の協議から1944年の初版までと、ハリスによる展示・出版活動章の概要を見る
  7. 7

    Wellcome Collection

    エッティラ「メンフィスの火の神殿に置かれたトートの書の葉としてのタロット」、1780年代 — Public Domain Mark資料と権利表示を見る
  8. 8

    Wikimedia Commons

    「オシリスに扮するアレイスター・クロウリー」、1899年、撮影者不詳 — パブリックドメイン画像と権利表示を見る
  9. 9

    Walters Art Museum / Wikimedia Commons

    「ウジャトの眼を持つヒヒの姿のトート神」――作品はパブリックドメイン、写真はCC BY-SA 3.0画像とライセンスを見る
  10. 10

    Wikimedia Commons

    1909年版「カップの5」、パメラ・コールマン・スミス — パブリックドメイン画像と権利表示を見る