前回、黄金の夜明け団までやってきました。
19世紀の終わり。カバラ、占星術、錬金術、儀式魔術、そしてタロット。さまざまな神秘思想を学ぶ人々が、一つの場所へ集まります。
そこにいた人物の一人が、アーサー・エドワード・ウェイトです。
現在タロットを使っている人なら、「ウェイト版」「ライダー・ウェイト」「RWS」といった名前を聞いたことがあるかもしれません。世界で最もよく知られたタロットの一つに、彼の名前が残っています。
では、ウェイトとは、そもそも何をした人なのでしょう。有名な占い師でしょうか。魔術師でしょうか。タロットカードを描いた人でしょうか。
実は、どれも少し違います。彼はむしろ、神秘思想について膨大な本を読み、翻訳し、研究し、「その奥には何があるのか」を探し続けた著述家・神秘思想家と考えた方が、実像に近そうです。
そして、この少し変わった人物が、20世紀のタロットを大きく変えることになります。
01 · BROOKLYN TO LONDON
アメリカ生まれ、
イギリス育ち
アーサー・エドワード・ウェイトは、1857年、アメリカのニューヨーク・ブルックリンで生まれました。
ただし幼いころに家族とロンドンへ移り、その後の人生の大半をイギリスで過ごします。若いころから宗教や神秘思想に強い関心を持ち、後には錬金術、薔薇十字思想、フリーメイソン、カバラなど、非常に幅広い分野について研究・執筆しました。[1]
ブルックリン幼少期
ロンドンへ生涯
研究と執筆
前回登場したエリファス・レヴィの著作も英語圏へ紹介しました。つまり、レヴィから黄金の夜明け団、そして現代タロットへという流れの途中に、ウェイト自身が橋のように立っているのです。

著述家・神秘思想家
アーサー・エドワード・ウェイト1857–1942西洋神秘思想を歴史と精神的伝統の両面から研究し、膨大な著作を残しました。
J. Russell & Sons、1911年 / Wikimedia Commons — パブリックドメイン画像と権利表示を見る02 · THE GOLDEN DAWN, 1891
黄金の夜明け団には入った。
でも……
ウェイトは1891年、黄金の夜明け団へ参加します。[2]
ただし、そこで行われていた魔術を何でも喜んで受け入れたわけではありません。ウェイトが強く求めていたのは、「魔術で何かを起こすこと」より、「人間が神聖なものへ近づくこと」でした。
後に黄金の夜明け団が分裂していったときも、ウェイトは魔術的な実践より神秘主義を重視する方向へ組織を改めようとしました。分裂の中で団の伝統を守ろうとし、後にはより神秘主義的な薔薇十字系団体を設立しています。[1]
世界で最も有名な「オカルト系タロット」の一つを作った人物なのに、本人は、何でも魔術にしてしまうことには、むしろ警戒していた。ウェイトは、なかなか一筋縄ではいかない人物です。
03 · PILLARS OF SAND
昔のタロット伝説にも、
かなり厳しかった
第4回で、クール・ド・ジェブランが、「タロットは古代エジプトから伝わった秘密の書ではないか」と考えた話をしました。この説は、その後のオカルト界で長く語り継がれます。
ではウェイトも、「タロットは古代エジプトの神秘だ」と信じていたのでしょうか。違います。むしろ、かなり辛辣に否定しています。
1910年に初版が出た『タロット図解の鍵』で、ウェイトは、それまでオカルト研究の世界に積み重ねられてきた空想や推測を整理しようとしました。[3]
クール・ド・ジェブランが挙げた根拠を一つずつ検討し、その説を支える十本の柱は「砂の柱」だとまで書きました。
さらに、「タロット」という言葉を古代エジプト語から説明しようとした説についても、その説が作られた時代には、まだロゼッタ・ストーンさえ発見されておらず、エジプト語を読めなかったと指摘しています。[4]
第4回で私たちが見た問題を、ウェイト自身も100年以上前にかなり冷静に批判していたわけです。
04 · UNIVERSAL SYMBOLS
では、タロットの神秘を
信じていなかったの?
ここからが、ウェイトという人物の面白いところです。
古代エジプト起源説は否定する。根拠のない歴史説にも厳しい。占いについても、かなり冷めた言い方をする。それなのに、タロットそのものには、深い意味があると考えていました。
彼にとって重要だったのは、「このカードは本当に古代エジプトから伝わった」という物語ではありません。
こうした象徴そのものが、人間の中に昔から存在する普遍的な何かを表しているのではないか。そこに彼は価値を見ていたのです。
『タロット図解の鍵』では、タロットを「普遍的な観念」を象徴的に示すものとして説明します。その奥の「秘密」は、どこかの神殿から発掘された文書だけを意味しません。人間の意識の中にありながら普段は言葉にならず、宗教、錬金術、カバラ、神秘思想が表そうとしてきたものです。[5]
ジェブランの歴史は否定する。でも、「だからタロットには何もない」とは考えなかった。象徴そのものに、人間や世界について考えるための深さを見たのです。
05 · TOWARD MODERN TAROT
少し、今のタロットに
近づいてきた
カードは、「未来を当てる機械」である必要はない。でも絵を見ていると、自分のことを考えたくなる。
この人物は、なぜこんな顔をしているのだろう。
この道は、どこへ続いているのだろう。
自分なら、今どの位置にいるだろう。
象徴を見ながら、自分の内側にあるものを考える。もちろん、ウェイトが現代の心理学的なタロットリーディングをそのまま考えていた、という意味ではありません。彼は強く神秘主義的な人物でした。
それでも、タロットの価値を単なる未来予知だけに置かなかったという点は、後のタロットにとって大きな意味を持つことになります。
06 · A NEW TAROT
なら、なぜ新しいタロットを
作ろうとしたの?
タロット・ド・マルセイユもある。黄金の夜明け団にもタロットの体系がある。それなのに、なぜウェイトは新しいタロットを作ろうとしたのでしょう。
それまで受け継がれてきた象徴を利用しながら、自分が考える「内側の意味」が、もっと絵そのものから読み取れるタロットを作ろうとしたのです。
片手は天へ、もう一方は地へ。机にはワンド、カップ、ソード、ペンタクル。四つのスートが一枚の中で結ばれます。
パメラ・コールマン・スミス、1909年 / Wikimedia Commons — パブリックドメイン画像と権利表示を見るたとえば「魔術師」。ウェイトの解説では、単なる大道芸人ではありません。頭上には無限を思わせる記号。片手は天へ、もう一方の手は地へ。机の上には、四つのスートすべてが置かれます。
ウェイトはこの姿に、上にあるものを下へ伝える存在という神秘的な意味を与えています。第3回で見た、ゲームでは最弱の切り札だった「バガット」が、ここまで変わりました。600年を並べると、かなり大きな変化です。
07 · THE ARTIST
でもウェイトは、絵を描けない
問題があります。ウェイトは研究者であり、著述家です。画家ではありません。
新しいタロットを作るには、78枚ものカードを実際に描く人が必要です。そこで黄金の夜明け団につながる人脈の中から、一人の芸術家が選ばれました。
08 · ALL SEVENTY-EIGHT CARDS
78枚すべてに、絵を描く
この新しいデッキで特に重要になるのが、小アルカナです。
第1回で見た、500年以上前の「カップの5」には、ほぼ五個のカップしかありませんでした。第2回のマルセイユ型でも、基本は同じです。剣が五本なら剣の5、カップが五個ならカップの5。

第1回から残った謎
いつ、小アルカナは「物語の絵」になったのかここには人がいて、場所があり、出来事があります。答えの中心にいたのがパメラ・コールマン・スミスでした。
パメラ・コールマン・スミス、1909年 / Wikimedia Commons — パブリックドメイン画像と権利表示を見るウェイトとスミスが作るタロットでは、小アルカナにも、人がいて、場所があって、出来事があります。
第1回から残していた謎――「いつ、誰が、小アルカナを“物語の絵”にしたの?」。20世紀初め、その答えの中心にいたのが、パメラ・コールマン・スミスでした。
09 · THREE NAMES
「ウェイト版」なのに、
描いたのはウェイトではない
ここは、これから何度も大事になるところです。このデッキは長い間、ライダー・ウェイト・タロットと呼ばれることが多くありました。
でも、カードを描いたのはウェイトではありません。78枚を描いたのは、パメラ・コールマン・スミスです。
そして「ライダー」は人の名前ではなく、出版を担当したウィリアム・ライダー&サン社という出版社の名前です。『タロット図解の鍵』の初版情報にも、78枚の図版がスミスのデザインで、ロンドンの同社から刊行されたことが記されています。[3]
1909年、ウェイトの構想と、スミスの絵と、ライダー社の出版によって、このタロットが世に出ました。だから現在では、三者を示すライダー=ウェイト=スミス、あるいはRWSという呼び方が広がっています。[6]
この話は、次回もっと詳しく見ましょう。
10 · BEYOND DIVINATION
占いに冷たかったのに、
占い方まで書いている
ウェイトは、単純な「当たる・当たらない」の占いを、あまり高く評価していないような文章を書いています。一方で、『タロット図解の鍵』には、しっかりカードの占い上の意味も、カードを並べて読む方法も載っています。
「占いなんてくだらない」と、全部捨てたわけではありません。
彼にとってタロットには、外側の使い方としての占いがある一方、その奥にもっと深い象徴の世界があり、そこにこそ大きな価値があると考えていたのかもしれません。
実際、本の副題は「占いというヴェールの下にある、秘密の伝統の断片」という趣旨です。占いは終着点ではない。その向こう側へ入るための入口。ウェイトにとってタロットは、そんなものだったのでしょう。
11 · BETWEEN HISTORY AND MYSTERY
真実ではない伝説を否定し、
それでも神秘を残した人
ウェイトは、少し面白い位置に立っています。
ジェブランの古代エジプト説を、そのまま信じない。オカルト研究者が歴史を都合よく作ることも批判する。それでも、世界を「目に見えるものだけですべて説明できる」とも考えない。
タロットには、人間や世界についての普遍的な象徴がある。その奥には、まだ言葉になっていない何かがある。そう考えました。
伝説と歴史を分けながら、それでも象徴の神秘を手放さない。ウェイトは、そんな少し難しい場所にいた人物だったように見えます。
そして、絵を描いた人へ
ただし、「ウェイトが現代タロットを作った」だけで終わらせると、大事な人が一人、消えてしまいます。
彼が構想を持っていたとしても、78枚のカードを、私たちが現在知っているあの世界へ変えたのは、一人の画家でした。彼女にはウェイトとはまったく違う人生があります。
音楽を聴くと、そこから絵が見えたと語ったことでも知られる芸術家。ウェイトの「意味」を、彼女は物語のある絵へ変えていきます。
SOURCES & IMAGE RIGHTS
参考資料・画像の権利
ウェイトの経歴と神秘主義的活動はSRIA LondonとEncyclopedia.com、本人のタロット史批判と象徴論は『タロット図解の鍵』本文、RWSの刊行とスミスの役割はMorgan Libraryの展覧会資料で確認しました。
- 1
SRIA London
アーサー・エドワード・ウェイト――1857年ブルックリン生まれ、著述活動と神秘主義的団体での歩み人物紹介を見る - 2
Encyclopedia.com
アーサー・エドワード・ウェイト(1857–1942)――1891年の黄金の夜明け団加入と研究活動人物項目を見る - 3
Wikisource
アーサー・エドワード・ウェイト『タロット図解の鍵』――初版年、スミスによる78枚の図版、ライダー社原文を見る - 4
Wikisource
『タロット図解の鍵』第1部――クール・ド・ジェブラン説の「砂の柱」とロゼッタ・ストーンへの指摘原文を見る - 5
Wikisource
『タロット図解の鍵』第2部――タロットを普遍的観念の象徴とみるウェイトの説明原文を見る - 6
The Morgan Library & Museum
「Tarot! Renaissance Symbols, Modern Visions」――1909年刊行のライダー=ウェイト=スミス・タロット展覧会資料を見る - 7
Wikimedia Commons
アーサー・エドワード・ウェイトの肖像、J. Russell & Sons、1911年 — パブリックドメイン画像と権利表示を見る - 8
Wikimedia Commons
1909年版「魔術師」、パメラ・コールマン・スミス — パブリックドメイン画像と権利表示を見る - 9
Wikimedia Commons
1909年版「カップの5」、パメラ・コールマン・スミス — パブリックドメイン画像と権利表示を見る