前回、タロットの歴史は大きく方向を変えました。
もともとはゲームだったタロット。18世紀の終わりになると、クール・ド・ジェブランたちがそこに「古代から伝わる秘密」があるのではないかと考え、エッティラは実際にタロットを占いへ使う体系を作っていきました。
ゲームだったカードは、未来や運命を読むためのカードとしても使われるようになったのです。
これだけでも大きな変化です。ところが19世紀になると、タロットはさらに別の姿を持ち始めます。
ただ「このカードが出たら、こういう意味です」と読むだけではない。タロットの絵や数字は、神、人間、宇宙、文字、数字、占星術、錬金術――そうしたものと、実はどこかでつながっているのではないか。
タロットは、
私たちには見えない世界の仕組みを、象徴として映しているのではないか。
そんな考え方が広がっていきます。その流れに大きな影響を与えた人物が、エリファス・レヴィ(Éliphas Lévi)でした。
01 · WESTERN MAGIC
まず、「魔術」って何?
ここでいきなり、西洋魔術という言葉が出てきます。
「魔術」と聞くと、杖を振る、呪文を唱える、不思議な力で何かを起こす――そんなものを想像する人もいるでしょう。
でも、19世紀の西洋秘教で語られた「魔術」は、それだけではありません。
さまざまな思想や象徴の間に、人間にはまだ見えていない、何らかのつながりや秩序があるのではないかと考える世界でもありました。
もちろん、そのような見えない仕組みが実際に存在すると証明されたわけではありません。
ここで大切なのは、当時の人々が、そうした世界観を本気で探究していたということです。
エリファス・レヴィは、ばらばらに存在していたさまざまな神秘思想を結びつけ、一つの大きな体系として考えようとした人物でした。そして、その中にタロットも入っていきます。
02 · ÉLIPHAS LÉVI
エリファス・レヴィって誰?

THE OCCULTIST
エリファス・レヴィ Alphonse-Louis Constant, 1810–1875聖職者を目指した青年は、やがて19世紀の西洋オカルティズムを代表する著述家の一人になりました。
Photographer unknown, c. 1864 / Wikimedia Commons — Public domain 画像と権利表示を見るまず、この名前から少し不思議です。いかにも神秘思想家らしい名前ですが、本名ではありません。
本名は、アルフォンス=ルイ・コンスタン(Alphonse-Louis Constant)といいます。1810年、パリ生まれ。若いころはカトリックの聖職者になるために学び、副助祭まで進んだ人物でした。しかし、その道から離れます。[1]
その後は政治活動や著述などを経て、やがて魔術や神秘思想について多くの本を書くようになりました。そして彼は、Éliphas Léviという、ヘブライ語を思わせる筆名を名乗るようになります。
聖職者を目指していた人が、後に19世紀の西洋オカルティズムを代表する人物の一人になる。なかなか不思議な人生です。
03 · HIGH MAGIC
「高等魔術」を
一つの世界として描く
1850年代。レヴィは、後に代表作となる『Dogme et rituel de la haute magie』(高等魔術の教理と祭儀)を発表します。
二巻からなる大きな著作です。フランス国立図書館にも、彼の本名アルフォンス・コンスタンの著作として記録が残っています。[2]
一見すると別々に見えるものが、同じ世界の中で論じられます。
レヴィ自身がタロットカードを発明したわけではありません。占いとしてタロットを最初に使った人でもありません。
WHAT HE CHANGED彼が変えていったのは、
タロットを見るための「世界観」でした。
04 · KABBALAH
カバラって何?
ここで、新しい言葉が出てきます。カバラ(Kabbalah)です。
ものすごく簡単に言えば、ユダヤ教の中で発達してきた神秘思想の伝統です。
神とは何か。世界はどのように生まれたのか。人間と神はどのようにつながっているのか。聖書の言葉や文字には、表面的な意味だけではない何かがあるのではないか。長い歴史の中で、そうした問いが探究されてきました。
文字そのものにも、意味がある
ユダヤ神秘思想では、ヘブライ語の文字そのものに特別な意味を見る伝統があります。
その背景を知るうえで重要な古い書物の一つが、『セフェル・イェツィラー(形成の書)』です。
そこでは世界の創造が、10のセフィロトと、22のヘブライ文字によって語られています。現代の研究では『セフェル・イェツィラー』は後のカバラに大きな影響を与えた、いわば「カバラ以前」の重要な神秘文書として位置づけられています。[3]
SEFIROT10セフィロト
+LETTERS22ヘブライ文字
「セフィロトって何?」という新しい疑問も出てくると思います。今は、世界や神の働きを考えるために使われる、10の基本的な概念くらいにしておきましょう。この先、必要になったときにまた立ち止まれば大丈夫です。
今回重要なのは、ヘブライ文字が22文字あるということです。
05 · TWENTY-TWO
22文字。そして、22枚
ここでタロットへ戻ります。
レヴィは、この二つを結びつけました。タロットの22枚と、ヘブライ文字の22文字。それぞれのカードと文字には、対応関係があるのではないか。そう考えたのです。
後に残されたレヴィのタロット論でも、22枚の切り札それぞれが一章ずつ論じられています。彼の著作を英訳・編集したのは、後に黄金の夜明け団を創設するウィリアム・ウィン・ウェストコットでした。[4]
「22枚あるから22文字とつながる」は、発見だったのか?
15世紀のタロット職人が、「ヘブライ文字が22文字あるから、切り札も22枚にしよう」と考えてカードを作った証拠はありません。
第1回から見てきたように、タロットは15世紀のイタリアでカードゲームとして発達しました。一方、ユダヤ神秘思想には、それとは別の長い歴史があります。
タロット
カバラ
つまり、タロットとカバラが最初から一体のものとして設計されていたことが、19世紀になって発見されたというわけではありません。
レヴィたち神秘思想家が、そこに新しい対応関係を見いだし、結びつけていったのです。歴史的には、ここを分けて考える必要があります。
06 · A NEW CORRESPONDENCE
でも、「後から結びつけた」から
意味がないの?
そういうことでもありません。ここが、この回でいちばん面白いところです。
もし「タロットには一枚ずつ占いの意味があります」だけなら、タロットは一つの占術として発展していったかもしれません。
ところが、「このカードは、このヘブライ文字とつながっている」「その文字には数字の意味もある」「カバラともつながる」「占星術とも関係する」「錬金術とも結びつけられる」となれば、一枚のカードの向こう側に、ものすごく大きな世界が開きます。
一枚のタロットカードが、単なる「吉か凶か」を見る札ではなく、世界そのものについて考える入口のように見えてくるのです。
ここが、レヴィ以後のタロットにとって大きな変化でした。
07 · THE HUMAN WISH
人は、なぜそこまでのものを
タロットに求めたのだろう
ここで、少し歴史から離れて考えてみましょう。
人間はずっと、分からない世界を生きてきました。
これから何が
起きる?
この選択で
よいの?
なぜこんなことが
起きた?
私は本当は
何を望む?
だから昔から、未来を知りたい。運命を知りたい。見えない何かから、ほんの少しでも手がかりが欲しい。そんな願いがあったのでしょう。
カード占いも、占星術も、さまざまな占術も、その願いと無関係ではありません。
けれどレヴィたちが作っていった世界観は、そこへもう一つのものを加えました。
THE LARGER STORYもしかすると、この世界には、
私たちにはまだ見えていない秩序があるのかもしれない。
タロットを引くことが、ただ偶然に一枚を選ぶことではなく、その大きな世界のどこかへ触れる行為なのかもしれない。そう感じさせるだけの思想的な背景が、少しずつ作られていったのです。
それが本当かどうかは、別の話
もちろん、タロットが本当に宇宙の見えない力とつながっていると、歴史や科学が証明したわけではありません。カバラとタロットの対応も、古代から存在していたことが証明されたものではありません。
ここは、曖昧にしてはいけないところです。
でも反対に、「だから全部、無意味だった」と切り捨てる必要もないように思います。
なぜなら、その思想を作った人たちも、それを信じたり、そこに惹かれたりした人たちも、何かを求めていたからです。
分からない世界を、少しでも分かりたい。見えない未来を、少しでも覗いてみたい。後悔しない選択をしたい。自分が今どこにいるのか、何を大切にすればいいのか知りたい。
そうした願いそのものは、19世紀の人も、現在の私たちも、それほど変わらないのかもしれません。
08 · QUESTIONS AND ANSWERS
タロットは、「答え」を
持っているのだろうか
この問いに、ここで答えを出す必要はないでしょう。
本当に、目には見えない何かがカードを選んでいるのか。ただの偶然なのか。私たちの心が、偶然の絵から意味を見いだしているのか。それは簡単に決められることではありません。
でも、偶然に引いた一枚を見て、自分でも気づいていなかった気持ちに気づくことがあります。別の見方を思いつくことがあります。迷っていた一歩を、もう少し考えてみようと思えることがあります。
タロットが未来を保証してくれなくても、タロットを通して、自分自身と話すことはできる。
そして、「なぜ今、このカードだったんだろう」という小さな不思議を、無理に消してしまう必要もないでしょう。
世界に本当に見えない何かがあるのかもしれない。ないのかもしれない。その答えが分からなくても、タロットを楽しむことはできます。
09 · LÉVI'S LEGACY
レヴィが残したもの
エリファス・レヴィが、この考え方を一人で完成させたわけではありません。彼以前にも神秘思想はありました。彼以後にも、多くの人がその体系を変更し、さらに複雑にしていきます。
でもレヴィは、タロットを、「占いに使うカード」だけでは終わらないものとして扱いました。
さまざまな思想と結びつけることで、タロットを、「世界の見えない仕組みまで映しているかもしれない象徴体系」へ押し広げたのです。
それが本当に世界の秘密を表していたのかどうか。その答えとは別に、そう考えることのできる物語と体系を与えたことが、その後のタロット史へ大きな影響を残しました。
19世紀の西洋オカルティズム復興においてレヴィは重要な人物となり、その著作は次の世代へ読まれていきます。Cambridge University Pressも、レヴィを19世紀の西洋オカルティズム復興に重要な役割を果たした人物として位置づけています。[5]
10 · TOWARD THE GOLDEN DAWN
その思想を受け取った人々
そして、ここから歴史はまた次へ進みます。レヴィが描いた世界は、彼一人のところで終わりませんでした。
彼の死後、イギリスにもその著作を読み、研究する人々が現れます。その一人が、ウィリアム・ウィン・ウェストコット。後にレヴィのタロットについての著作を英訳する人物です。
そしてウェストコットは、1888年、ある秘密結社の創設者の一人になります。
その名は、Hermetic Order of the Golden Dawn――黄金の夜明け団。[6]
レヴィが黄金の夜明け団を直接作ったわけではありません。でも、レヴィが広げた西洋魔術とタロットの世界を、次の世代がさらに体系化していくという思想的な流れは、はっきり見ることができます。
そして黄金の夜明け団では、タロット、カバラ、占星術、錬金術、儀式魔術。それらの対応関係が、さらに細かく組み立てられていくことになります。
そこには後に、アーサー・エドワード・ウェイト、アレイスター・クロウリー、そしてパメラ・コールマン・スミス。現在のタロット史で避けて通れない人々が関わることになります。
SOURCES & IMAGE RIGHTS
参考資料・画像の権利
レヴィの人物情報と著作はフランス国立図書館、タロット論と19世紀オカルティズムへの影響はCambridge University Press、『セフェル・イェツィラー』はEncyclopaedia Judaica由来の解説で確認しました。掲載画像はいずれもWikimedia Commonsでパブリックドメインと表示された資料です。
- 1
Bibliothèque nationale de France
Notice de personne: Constant, Alphonse (1810–1875)人物典拠を見る - 2
Bibliothèque nationale de France
Éliphas Lévi, Dogme et rituel de la haute magie書誌情報を見る - 3
Encyclopaedia Judaica / Encyclopedia.com
Sefer Yezirah — ten sefirot and twenty-two Hebrew letters解説を見る - 4
Cambridge University Press
Éliphas Lévi, The Magical Ritual of the Sanctum Regnum, edited and translated by W. Wynn Westcott書誌と全22章を見る - 5
Cambridge University Press
Cambridge Library Collection — Spiritualism and Esoteric Knowledgeレヴィの位置づけを見る - 6
Cambridge University Press
The Golden Dawn and the O.T.O. — founders and the order’s 1888–1903 period研究概要を見る - 7
Wikimedia Commons
Portrait of Éliphas Lévi, c. 1864 — Public domain画像と権利表示を見る - 8
Wikimedia Commons
Éliphas Lévi’s Pentagram of the Microcosm, 1855 — Public domain画像と権利表示を見る