1630s — 1700s · FRANCE
タロット・ド・
マルセイユって何?
名前より先に、受け継がれてきた図柄があった。
名前より先に、受け継がれてきた図柄があった。
前回、タロットの始まりを15世紀のイタリアまでさかのぼりました。
そこにはすでに、カップ、剣、棒、コインの56枚。21枚の切り札。そして、少し特別な扱いをされる愚者。
現在の78枚のタロットへとつながる姿がありました。ただし、まだ占いの道具ではありません。人々はタロットを使って、カードゲームを楽しんでいました。
そのタロットはやがて、イタリアだけにとどまらず、ヨーロッパ各地へ広がっていきます。そしてフランスを中心に、一つの特徴的な姿が受け継がれていきました。
TAROT DE MARSEILLEそれが、
Tarot de Marseille
タロット・ド・マルセイユ
以前からタロットを使っている人なら、名前を知っているかもしれません。実際に愛用している人もいるでしょう。
一方で、「タロット・ド・マルセイユって何?」という人もいると思います。今回は、そんな人にも分かるところから始めます。
そして、すでに知っている人にも、「そういえば、なぜマルセイユという名前なんだろう?」と、その歴史を一緒にたどってもらえたらと思います。
01 · A LIVING TRADITION
昔のカードだけど、
今でも使われている
最初に、現在のタロット・ド・マルセイユがどんな立ち位置なのかを確認しておきましょう。
これは、博物館の中だけに残っている昔のカードではありません。現在でも、占いやタロットリーディングに使われています。
もともとはゲーム用のカードでしたが、20世紀には占いの世界でも広く知られるようになり、現在まで続く大きなタロットの伝統の一つになりました。フランス国立図書館も、20世紀にマルセイユ・タロットが占いの道具を代表する存在になったと説明しています。[1]
現在よく目にするタロットには、後の時代に登場するRider-Waite-Smith(ライダー・ウェイト・スミス)系のカードもあります。そちらについては、まだ先の回でじっくり見ていきます。
古い歴史を持ちながら、
今も使われているタロット。
02 · NOT ONE DECK
「マルセイユ版」という
一つの商品ではない
ここで、最初の勘違いポイントがあります。
「タロット・ド・マルセイユ」と聞くと、昔、マルセイユという街で誰かが作った有名なタロット――そんな一種類の商品名のように思えるかもしれません。
でも、そうではありません。
長い年月の中で、さまざまなカード職人たちが似た構図や図柄を受け継ぎながら作ってきた、タロットの一つの「型」や「系統」を表す名前です。
たとえば「皇帝」なら、こういう人物をこう配置する。「恋人」なら、このような構図にする。「世界」なら、中央に人物、その周囲に四つの存在を描く。
細かな違いはあっても、「このカードなら、だいたいこういう絵」という伝統が受け継がれていきました。
17世紀のパリで作られたジャン・ノブレのタロットも、現在「タロット・ド・マルセイユ」と呼ばれる図像の系統に属する重要な古い例です。[3]
03 · A NAME ON THE MAP
じゃあ、マルセイユで
生まれたの?
すると当然、「マルセイユという名前なんだから、マルセイユで生まれたんでしょう?」と思います。
ところが、ここが少しややこしく、そして面白いところです。現在の研究では、そう単純には考えられていません。
フランス国立図書館は、現在「タロット・ド・マルセイユ」と呼ばれている図柄の型について、その故郷は、おそらくリヨンだったのではないかとしています。[1]
リヨンもフランスの都市です。つまり、名前はマルセイユなのに、マルセイユで最初に生まれたとは限らない。
先ほど登場したジャン・ノブレのタロットは、マルセイユではなくパリで作られました。それでも現在では、マルセイユ型の古い重要な例として扱われています。
04 · THE LATER NAME
「タロット・ド・マルセイユ」
という名前も、後からついた
さらに意外なことがあります。
17世紀のカード職人たち自身が、「これはタロット・ド・マルセイユというカードです」と呼んでいたわけでもありません。
「タロット・ド・マルセイユ」という呼び名が使われるようになるのは、19世紀、1830年代以降です。[1]
カードの型が先に存在して、名前はずっと後からついたのです。
マルセイユを含むフランス南東部でこの型のカードが作られ、とくにマルセイユがその生産地として強く知られるようになったことで、この名前が定着していきました。
図柄の型が
すでに存在
南東フランスで
広く生産
「マルセイユ」の
呼び名が定着
ですから、「マルセイユで発明されたから、タロット・ド・マルセイユ」と考えると、少し違います。
むしろ、長い間受け継がれてきた一つの図柄の伝統に、後からその名前が定着した。そう考えた方が、実際の歴史に近そうです。
05 · THE 1639 DISCOVERY
ところが、1639年の
「マルセイユ製」が見つかった
ここで話を少しややこしくするカードが登場します。
1639年に作られた78枚のタロットです。しかもこれは、本当にマルセイユで作られています。
2023年にオークションへ姿を現したことで存在が知られるようになり、2025年12月、フランス国立図書館のコレクションに加わりました。78枚すべてがそろい、現在知られている「マルセイユ型」では最古の例とされています。[1][2]
DATE16392枚の貨幣に記された年
PLACEMARSEILLE職人の活動地も確認
CARDS78完全な一組として現存
すると、「あれ? じゃあ結局、マルセイユで最初に作られたってこと?」と思いますよね。
でも、そこまでは言えません。ここは歴史を見るときに、とても大切なところです。
「現在残っている中で最も古い」と、
「本当に最初」は同じとは限らない。
それ以前にもカードは作られていたけれど、失われてしまったのかもしれません。まだどこかに残っていて、発見されていないだけかもしれません。あるいは別の都市で図柄が生まれ、それがマルセイユへ伝わったのかもしれません。
実際、ヴァシエ版が見つかった後も、フランス国立図書館はこの型の起源について、「おそらくリヨン」という見方を示しています。
ヴァシエ版によって分かったのは、少なくとも1639年には、マルセイユですでにこの型のタロットが作られていた。ということです。「マルセイユ発祥」が証明されたわけではありません。
600年近い歴史を持つタロットでは、新しい発見によって、昔の歴史が今でも少しずつ書き換えられています。
06 · SEE THE PATTERN
実際のマルセイユ型を
見てみよう
ここでは、17世紀のパリで作られたジャン・ノブレ版を見てみましょう。マルセイユという名が定着する前から、この図像の型が別の都市でも作られていたことがよく分かる例です。




第一印象は、「昔の絵だなあ」かもしれません。太い輪郭線。赤、青、黄などのはっきりした色。どこか素朴な人物。現在の精密なイラストのタロットとは、かなり雰囲気が違います。
これには、カードの作り方も関係しています。古いマルセイユ型のカードは、木の板に図柄を彫って紙へ刷り、その上から型を使って色を付ける、木版印刷とステンシル彩色で作られました。1639年のヴァシエ版も、この方法です。[1]
第1回で見た、金を使って一枚一枚豪華に作られたヴィスコンティ=スフォルツァのカードとは、ずいぶん違います。
タロットは少しずつ、限られた人のための豪華な美術品から、多くの人が遊ぶために作られるカードへと変わっていったのです。
愚者。
女教皇。
皇帝。
恋人。
運命の輪。
吊るされた男。
死。
塔。
星。
世界。
細かな呼び名や図柄には違いがあります。それでも、「ああ、現在のタロットにつながっている」ということが分かります。
07 · THE PIP CARDS
小アルカナを見ると、
今との違いがもっと分かる
ここで、第1回に登場した「カップの5」を思い出してください。
ヴィスコンティ=スフォルツァのカップの5には、ほぼ、そのまま5個のカップが描かれていました。人物もいません。悲しんでいる場面もありません。
マルセイユ型でも、基本的には同じです。カップならカップ。剣なら剣。コインならコイン。棒なら棒。それぞれの数だけ、スートを表す図柄が配置されています。
A LATER MARSEILLE EXAMPLE
カップの5 ルカール版、パリ、1890年17世紀のノブレ版より後の作例ですが、数札に人物の物語を描かず、スートの図柄を数だけ配置する伝統がよく分かります。
Wikimedia Commons — Public domain 画像と権利表示を見る現在広く使われているタロットの中には、小アルカナにも人物や風景が描かれているものがあります。たとえば「カップの5」なら、悲しそうな人物が倒れたカップを見つめている――。そんな具体的な場面が描かれています。
ところがマルセイユ型の数札には、その物語がありません。だから読み手によっては、数字、スート、図柄の配置、周囲のカードとの関係などから意味を組み立てていきます。
ここには、人物の場面から物語を読み取るタロットとはまた違う面白さがあります。現在でも、こうした伝統的なマルセイユ型を好んで使う人がいる理由の一つでしょう。
そして第1回で残しておいた、「では、誰が小アルカナを“物語の絵”にしたの?」という謎。その答えは、まだ先です。この旅が20世紀へ入るころ、再びこの「カップの5」を思い出すことになります。
08 · STILL A GAME
でも、まだ占いのための
カードではない
ここで、現在と過去を混同しないようにしておきましょう。
現在のタロット・ド・マルセイユは、占いやリーディングにも使われています。でも、17世紀の人々が、このカードを現在と同じように占いに使っていたわけではありません。
もともとの用途は、ゲームです。
フランス国立図書館も、マルセイユ・タロットの本来の用途は遊戯であり、後世に占いや神秘思想の道具へ変わっていったことを説明しています。[1]
15世紀。16世紀。17世紀。カードの絵は現在のタロットへ少しずつ近づいてきました。でも、まだタロットは未来を語っていない。
では、実際には何をしていたのでしょう。
09 · TO BE CONTINUED
600年前のタロットで、
どうやって遊んでいたの?
次回は、そこへ進みます。「昔はゲームだった」と言われても、じゃあ、どんなゲームだったの?と思いますよね。
幸いなことに、その手がかりが残っています。フランスでは、1637年に印刷されたタロットのゲームルールが現在まで伝わっています。著者はミシェル・ド・マロル、出版地はヌヴェール。フランス国立図書館にも、その8ページの資料が記録されています。[4]
そして、そのルールを読むと、第1回で少し気になったカードが、また出てきます。
1637年のルールでは、愚者にあたるカードは、ほかのカードとはかなり変わった動きをします。
01そのカード自身は、
勝負に勝たない。
02通常は、相手にも
取られない。
普通に勝つわけでもない。普通に負けるわけでもない。まるで、ゲームのルールの中にいながら、少しだけルールの外にいる。そんなカードだったのです。[5]
現在、愚者というカードから「自由」「枠にとらわれない」といったものを感じる人もいるかもしれません。
もちろん、昔のゲームルールが、そのまま現在の占いの意味になったと決めつけることはできません。でも、占いになるはるか以前から、愚者だけが普通ではないカードだった。そう知ると、ちょっと気になりませんか。
次回は、実際のルールをのぞきながら、占いになる前、人々は78枚のタロットで何をして遊んでいたのかを見てみましょう。
SOURCES & IMAGE RIGHTS
参考資料・画像の権利
歴史記述はフランス国立図書館の公開資料と所蔵記録を中心に確認しました。掲載画像はWikimedia Commonsの各ファイルページでパブリックドメイン表示を確認したものです。BnF/Gallicaからの画像の直接取得は行っていません。
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1
Bibliothèque nationale de France
Un tarot qui rebat les cartes — フィリップ・ヴァシエ版の新収蔵とマルセイユ・タロット史 記事を見る -
2
Catalogue général de la BnF
Jeu de tarot à enseignes latines, dit « de Marseille », type I / Felip. Vachie, 1639 所蔵記録を見る -
3
BnF Essentiels
Tarot de Jean Noblet — 73 cartes sur 78, Paris, 17世紀後半 資料を見る -
4
Catalogue général de la BnF
Michel de Marolles, Règles du jeu des Tarots, Nevers, 1637 所蔵記録を見る -
5
Pagat — John McLeod / Thierry Depaulis
Early 17th Century French Tarot — 1637年ルールの英訳と解説 ルール解説を見る -
6
Wikimedia Commons
ジャン・ノブレ版のスキャン画像とパブリックドメイン表示 画像カテゴリを見る -
7
Wikimedia Commons
5C Tarot.png — ルカール版「カップの5」、1890年、Public domain 画像と権利表示を見る -
8
Bibliothèque nationale de France
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