1420s — 1450s · NORTHERN ITALY
タロットは、
占いとして生まれた
のではなかった
カードを出して遊んだ人々から、600年の旅を始めよう。
占いになる前のタロットへ、600年の旅を始めよう。
タロットカードを一枚、思い浮かべてみてください。
「愚者」「恋人たち」「死」「星」「月」「太陽」――。
不思議な名前と、不思議な絵。
カードを引き、そこに描かれたものから、自分のことやこれからについて考えてみる。いま「タロット」と聞けば、まず占いを思い浮かべる人が多いでしょう。
だから、その歴史を何も知らずに想像すると、昔の誰かが、未来を占うために78枚のカードを作った。そんな始まりだったように思えるかもしれません。
ところが、違います。
THE FIRST CLUEタロットはもともと、
ゲームだったのです。
占いの道具ではありませんでした。
今回は、現在のタロットから600年ほど時間を巻き戻して、その始まりを見に行ってみましょう。
01 · BEFORE TAROT
タロットより先に、
カードゲームがあった
まずは、タロットが生まれる少し前までさかのぼります。
ヨーロッパにカードゲームが広まり始めたのは、14世紀ごろです。カード遊びそのものにはさらに古い歴史があり、アジアから中東へと伝わっていったと考えられています。
そして14世紀半ばごろ、おそらく中東から交易などを通じて、ヴェネツィアをはじめとするヨーロッパへカードが伝わったとされています。
タロットより先に、
カードゲームがあった。
タロットは何もないところから突然生まれたのではなく、すでに広がっていたカード文化の中から誕生したのです。
カードゲームはヨーロッパでも人気になりました。身分の高い人だけではなく、さまざまな人々がカード遊びを楽しんでいたようです。一方で、賭け事にも使われました。カードに夢中になる人が多かったためか、都市や宗教家がカード遊びを禁止したり、非難したりした記録まで残っています。[1]
「そんなことをして遊んでいないで働きなさい」と怒られる人は、600年以上前にもいたのかもしれません。そのあたりは、今とあまり変わらないようです。
そして15世紀になると、現在のイタリアを中心に、少し変わったカードゲームが現れます。これが、タロットの始まりです。
02 · A NEW GAME
15世紀のイタリアで、
新しいカードが現れる
タロットについて確認できる最初期の記録は、1440~1450年代。ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ウルビーノなど、ルネサンス期のイタリアに集中しています。[2]
そこでは、普通のカードに加えて、特別な「切り札」のカードを使うゲームが行われていました。
ここでいう切り札は、「最後の切り札を出す!」というときの、あの「切り札」とだいたい同じ感覚です。
タロットは、一人ずつカードを出して勝敗を競うトリックテイキングと呼ばれる種類のゲームとして発達しました。[2]
……といっても、「トリックテイキング」という言葉を覚える必要はありません。ここでは、みんなでカードを出して勝負するゲームだったくらいで十分です。
占い師が神秘的な部屋でカードをめくっていた――という始まりではありません。人々がカードを手にして、遊んでいた。そこからタロットの歴史は始まります。
ヨーロッパへ
カード遊びが広がる
北イタリアに
タロットの記録
切り札を使う
ゲームとして発達
03 · FOUR SUITS
すでに「カップ」「剣」
「棒」「コイン」があった
では、15世紀のタロットは、どんなカードだったのでしょう。
ここで、現在のタロットを少しでも見たことがある人なら、見覚えのあるものが登場します。カードには四つの種類がありました。
英語でいえば、Cups、Swords、Batons、Coinsです。現在のタロットにある、カップ、ソード、ワンド、ペンタクルにつながる四つです。
それぞれの種類には、1から10までの数を表すカードと、小姓、騎士、女王、王という人物のカードがありました。
現在では、この56枚をまとめて小アルカナと呼んでいます。ただし、15世紀の人が「これは小アルカナだ」と呼んでいたわけではありません。「小アルカナ」というのは、後の時代に使われるようになった呼び方です。
ですから今の私たちから見ると、「この時代には、もう小アルカナの祖先があった」ということになります。
04 · THE TRUMPS
そこへ、22枚の
不思議なカードが加わる
そして、ここからが普通のカードとタロットを分けるところです。先ほどの56枚に加えて、特別な絵を描いたカードが使われました。
皇帝。
教皇。
恋。
運命の輪。
死。
太陽。
世界。
そして、愚者。
現在のタロットを知っている人なら、「あ、大アルカナだ」と思うでしょう。これも「大アルカナ」という呼び名そのものは後世のものですが、その祖先となるカードがすでに登場しています。
ゲームでは、そのうち21枚が特別な切り札として使われました。そして、少し特殊な扱いをされる「愚者」が一枚あります。
現在の一般的なタロットと同じ枚数です。
もちろん、現在のタロットがこのとき突然完成したわけではありません。地域によってカードの順番などには違いがあり、切り札に現在のような番号が書かれていないものもありました。
でも600年ほど前にはすでに、現在の78枚へとつながっていく骨格ができていたのです。
05 · ALLEGORY
占いじゃないのに、なぜ
「死」や「運命」があるの?
ここで、不思議に思いませんか。
ゲームなら、数字と強さだけ決まっていれば遊べそうです。なのに、なぜわざわざ、「死」「運命」「愛」「皇帝」「世界」などという、いかにも意味がありそうなものを描いたのでしょう。
ここで大切なのは、意味深な絵が描かれているからといって、最初から占いだったわけではないということです。
当時のヨーロッパでは、「正義」「運命」「死」といった目に見えない考えを、人や物の姿にして表す寓意という表現が広く使われていました。
つまり初期のタロットには、その時代の人々が生きていた世界そのものが描かれていたとも考えられます。
権力がある。
愛がある。
正義がある。
運命がある。
老いがある。
そして死がある。
まだ占いのカードではありません。それでも、後世の人々がそこに何かを読み取りたくなるような材料は、すでにそろっていたのです。
06 · THE SURVIVING CARDS
500年以上前の
タロットを見てみよう
ここまで昔の話をしてきましたが、「そんな古いタロット、本当に残っているの?」と思うかもしれません。
残っています。
15世紀のタロットとして特に有名なのが、ヴィスコンティ=スフォルツァ・タロット(Visconti-Sforza Tarot)です。
名前は覚えなくても大丈夫です。まずは、「500年以上前の本物のタロットを見ることができる」と思ってください。
ミラノの有力なヴィスコンティ家とスフォルツァ家に関係するカードで、15世紀半ばごろに作られたと考えられています。ニューヨークのMorgan Library & Museumには、そのうち35枚が所蔵されています。完全な78枚が一組そのまま残っているわけではありませんが、ほかの所蔵先に残るカードと合わせると、15世紀のタロットを知るための非常に重要な資料になっています。[4]
では、本当に今のタロットにつながっているのか。実物を見てみましょう。
「運命の輪」
まずは、運命の輪。
中央には輪があり、その周囲を人々が上ったり下りたりしています。輪の中心には「運命」を表す人物が描かれています。
上にいた人も、いつか下へ行く。下にいた人も、いつか上へ行くかもしれない。運命は回り続ける。
現在の「運命の輪」と絵柄は違いますが、根底にある発想には、すでに見覚えがあります。
「死」
次は、死。
これは、かなり分かりやすいです。骸骨が描かれています。
500年以上前のカードなのに、「これは何を描いたカードでしょう?」と聞かれれば、おそらく多くの人が、「死……かな」と答えられるでしょう。
絵柄は変わっても、人間が「死」というものをどう表現してきたのか。そのつながりが見えてきます。
「愚者」
そして、愚者。
現在よく知られているタロットでは、若者が荷物を持ち、崖の縁を歩いている姿を思い浮かべる人もいるでしょう。
ところが、この500年以上前の愚者はずいぶん違います。ぼろぼろの服を着て、髪には羽根をつけ、棒を持っています。
華やかな皇帝や女帝とはまるで違う人物です。社会の中心にいる偉い人ではない。どこか「普通の秩序」の外側にいる人物です。
なぜこの人物だけが、ほかの切り札とは少し違う扱いを受けるのでしょう。実は「愚者」は、タロットの歴史を追っていくと、とても面白いカードです。それについても、いずれじっくり見てみましょう。
そして「カップの5」
最後に、もう一枚。カップの5です。
現在よく使われているタロットを知っている人は、ここでちょっと驚くかもしれません。描かれているのは――ほぼ、そのまま5個のカップです。
人物はいません。悲しそうな場面もありません。5個の杯が、美しく配置されています。
これも、ちゃんとタロットです。むしろ、こちらの姿の方が古い。
現在広く使われているタロットでは、小アルカナにも人物や風景が描かれているものがたくさんあります。では、いつ、誰が、小アルカナを「物語の絵」にしたのでしょう。
その話は、まだずっと先。20世紀の初めまで待つことになります。この一枚の「カップの5」を、ちょっとだけ覚えておいてください。後の回で、もう一度登場します。
07 · STILL A GAME
これはゲームだった。
それでも……
こうして500年以上前のカードを実際に見てみると、不思議な気持ちになります。
運命の輪がある。
死がある。
愚者がいる。
カップもある。
確かに現在のタロットへつながっています。でも、当時の人々がこれらのカードを、「恋愛について占ってみよう」「未来についてカードに聞いてみよう」と、現在と同じように使っていたわけではありません。
15世紀のタロットは、まずカードゲームでした。タロットが占いや神秘思想と深く結びついていくのは、何百年も後のことです。
それでも。
最初からカードの中には、愛があり、正義があり、運命があり、死があり、太陽があり、世界がありました。
占いのために作られたわけではないのに、
人間について考えたくなる絵が、
最初からそこにあった。
これはタロットの歴史を考えるうえで、とても面白いところです。
後の人々がこのカードを見て、「これは単なるゲーム以上のものなのではないか」と考え始めたとしても、少し分かるような気がしてきます。
もっとも――その出来事は、まだずっと先です。
08 · TO BE CONTINUED
タロットは、
まだ占いにならない
14世紀ごろ、ヨーロッパへカードゲームが広がりました。そして15世紀のイタリアで、そのカード文化の中からタロットが生まれます。
そこにはすでに、現在の小アルカナへつながる56枚と、大アルカナへつながる21枚の切り札、そして愚者がありました。
現在のタロットは、ここから600年近い時間をかけて変わっていきます。カードはイタリアからほかの地域へ広がり、絵柄も少しずつ変化していきます。
その長い歴史の途中で、とても重要なタロットが登場します。
聞いたことがなくても大丈夫です。次回は、そこから始めましょう。
実は、その名前から想像するほど単純ではありません。600年の旅は、まだ始まったばかりです。
SOURCES & IMAGE RIGHTS
参考資料・画像の権利
歴史記述は美術館・所蔵館の公開資料を中心に確認しました。掲載した4点は15世紀の作品で、画像はWikimedia Commons上でパブリックドメインと明示されたファイルを使用しています。Morgan公式サイトの画像は同館の利用条件が非商用利用に限られるため、ダウンロード素材としては使用していません。
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1
The Metropolitan Museum of Art
The World in Play: Luxury Cards, 1430–1540 展覧会解説を見る -
2
Tim Husband, The Metropolitan Museum of Art (2016)
Before Fortune-Telling: The History and Structure of Tarot Cards 記事を見る -
3
The Morgan Library & Museum
Tarot Trump Cards — the visual language of Renaissance allegory 解説を見る -
4
The Morgan Library & Museum
Visconti-Sforza Tarot Cards, MS M.630.1–35 所蔵資料を見る -
5
Wikimedia Commons
掲載画像4点のファイルページとパブリックドメイン表示 画像カテゴリを見る -
6
The Morgan Library & Museum
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